一日三食は日本人の伝統なのか?いつから日本人は三食の生活になったのか

日本で一日三食が始まったのはいつ?一日二食の歴史について

よく一日二食では力が出ない、元気がなくなるなどという

現代の日本人の多くは一日三食の生活となっていて、様々な統計がありますが、7割は朝食を摂っているとされています。この朝食をとることが日本人の古くからの習慣のように考えている人も少なくありません。

しかし、日本では一日二食の歴史が長く、一日三食になってからのほうが短いことが知られています。

では、どのような経緯、流れでいつから日本人が一日三食となっていったのかを紹介していきます。

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日本人が三食の生活になったのは比較的最近だった

日本人が一日三食の生活を始めたのは鎌倉時代(1200年代)と言われています。中国から禅宗を持ち込んだ道元などが、中国の一日三食の生活を輸入したとされています。

しかし、これら習慣の広がりは、一部の貴族や裕福な位置にいた、ごく一部の人間に限られていました。

そして一日三食が拡大していったのが江戸時代中期で、元禄時代(1700年前後)以降と言われています。しかし、これも武士に広がったもので、多くの人口を占める貧しい農民などは、一日二食の生活が引き続いていました。

ようやく明治時代に一日三食の生活が庶民にも広がり一般化することになります。明治維新が1889年となりますので、日本人が一日二食の生活となったのは、わずか100年にすぎないということです。

では、昔の人々は、三食を摂っている現代人よりも身体が丈夫だったのかどうかと考えた時に、昔の人々の方が力もあり、体力もあり、頑強だったことは明らかです。

あらゆることが人間の力でなされる生活でしたので、肉体労働の割合が当然のことながら高くなります。特に農業を行う農民はそうです。米を育てるにしても、今とは比較にならないほどの手間暇がかかり、かなりの体力を使います。

また武士でも鎌倉時代から戦国時代にかけては、鎧や刀を合わせると30キロから35キロの重量を背負いながら長距離を徒歩で移動し、なおかつ戦場では走り回っています。

現代人の私たちが30キロ以上の重量を背負って、どれだけの距離を歩けるでしょうか?

江戸時代でも三食生活で病気が広がったことも

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一日二食で、現代栄養学から見ると、栄養も不足していると考えられるような食生活で、三食をとる私たちよりも頑強な身体を持っていたことを考えると、一日二食が不健康、一日三食が健康と簡単には言えないのではないでしょうか。

そして実は三食をとりはじめた江戸時代の中期には、「江戸患い」と言われる脚気が流行するなど、三食が広がった江戸で病気が広がっています。

一日三食が日本の伝統のように、教えられてきましたが、実際には一日二食のほうがはるかに長い歴史を誇っていて、平安時代の書物には、一番最初の食事が正午(12時)であったことが記されています。

日本人は一日三食という固定概念ばかりで判断するのではなく、それ以外の見解もあり、実際に一日二食の生活が自分の身体にどのような変化をもたらすのかを確認してみるのも悪くないのではないでしょうか。

【参考文献】
・朝食をやめて健康になる(渡辺 正著)
・生活習慣病に克つ新常識(小山内 博著)

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